人生の岐路に立たされたとき、長谷部が意識しているのは「あえて難しいと思った方を選択する」ことだという【写真:アフロ】
人生の岐路に立たされたとき、どんなに自信があっても迷いは生まれるものだと思う。
もし失敗したらという不安。まわりからの反対。挫折することへの恐れ。どうすれば成功するかという確固たるノウハウなんてないし、人それぞれの道の選び方があると思う。
では岐路に立ったときに、僕は何を大切にしているのか。
もちろん、まだこれだと自信を持って言えるものは見つかっておらず、今なお模索中だけれど、ひとつだけ意識していることがある。
それは「あえて難しいと思った方を選択する」ということだ。
ここまで歩んできた道のりを振り返ると、挫折欲があるのかなぁと思うほど、僕は迷ったときに難しい道を選択してきた。周囲からしたら無茶な決断ばかりで、どこかで一度でも失敗していたら、今頃、何をしていたか分からない。両親は常に僕が選ぶ道に反対したし、実際、自分が親だったら同じように反対したと思う。怖いもの知らずというよりはただの無謀だった。
しかし僕は知っている。難しい道ほど自分に多くのものをもたらし、新しい世界が目の前に広がることを。
最初の岐路は高校受験だった。僕は決して勉強が得意だったわけではなく、両親は私立大学の付属高校に進むことをのぞんでいた。サッカー部も強かったし、何より付属なので大学までの進学を計算できる。担任の先生も両親と同じように付属高校を勧めた。
しかし僕は静岡県立藤枝東高校に行きたかった。
藤枝のサッカー少年にとって、藤枝東高校サッカー部の「藤色」(薄い紫色)のユニフォームは憧れ。藤枝東高校は地元一の進学校でもあり、当時の僕の学力では入学は難しいことは分かっていたけれど、サッカーをやるなら藤枝東がよかった。
僕は両親に「絶対に藤枝東に合格する」と宣言して、中3の夏から猛勉強を開始した。僕の勉強法はサッカーの練習と同じで集中力重視。夜更かしはせず、きちんと睡眠を取り、朝起きて集中して勉強する。そして僕は何とか藤枝東に合格することができた。
合格発表で自分の受験番号を見つけたときは、今考えると恥ずかしいのだが、なんと母親と抱き合って喜んだものだ。
次の岐路は高3の秋。藤枝東高校サッカー部が静岡県予選で優勝し、インターハイに出場できたおかげで、僕は都内の私立大学の推薦を取ることができた。それを両親とともに大喜びしていたら、浦和レッズからオファーが来たのである。僕は県内においてもほぼ無名の存在で、プロなんて夢にも思わなかった。当然、両親は「大学に進学しなさい」と、プロ行きには猛反対した。
だが、スカウトの人から自分の評価を聞いているうちにだんだんプロで自分の力を試したいという闘志がわき上がってきた。明らかに根拠のない自信なのだけれど、何だかやれるような気になっていた。僕は両親に「大学の推薦を断って、レッズに行きたい」と告げた。
うまくいけば、レッズという名門クラブのレギュラーになれる。
しかし失敗すれば、大卒という肩書きを失ったうえに、就職さえままならなくなる。
そんなリスクある人生設計を両親が許すわけがない。僕を説得するために中学時代にサッカー部の監督だった滝本義三郎先生にお願いして、四者面談の場が設けられた。恩師の滝本先生が止めれば、さすがに息子はプロ行きを諦めると思ったのだろう。
滝本先生は、面談でこう聞いてきた。
「県内で一番と言われている選手が清水エスパルスに入団するのは知っているか? オマエはあの選手以上のプレーをできるのか?」
僕は決心を試されているのだと思った。だから、あえて強い口調で言い切った。
「できます」
あとで分かったのだが、滝本先生は事前にいろいろな人に、僕がプロで通用するかを聞いていてくれたらしい。先生が得た答えはイエスだった。滝本先生は「決意がそんなに固いなら、私も応援する」と言ってくれた。
最終的に僕は両親を説得することができた。今、長谷部家では、「あのとき大学に進んでいたら、今頃、どうなっていただろう」とよく話している。
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May 07, 2020 at 09:00AM
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