米国の制裁によってスマートフォンでGMS(Google Mobile Service)の利用ができなくなった中国ファーウェイが、“第3の道”を模索している。
もともと同社は、独自ストアの「App Gallery」を端末に内蔵し、ユーザーにアプリをお勧めしていたが、この運用を本格化。GoogleやAppleと同様、アプリ開発者を自身で開拓している。GMSにはGoogleがアプリ開発者向けに用意した各種サービスやAPIも含まれているが、これも自前のものに置き換える方針だ。App Galleryや各種APIをパッケージ化したものを、「HMS(Huawei Mobile Services)」と呼ぶ。そんな第3の道は、本当に成功するのか。可能性を考察した。
“第3の道”を歩み始めたファーウェイ、過去の失敗は生かせるか
GMSの採用を断念せざるをえなくなったファーウェイは、日本でも、4月に発売された「Mate 30 Pro 5G」から、HMS端末を本格的に投入するようになった。6月には、カメラ機能に定評のあるPシリーズのフラグシップモデル「P40 Pro 5G」に加え、同社の躍進を支えてきたミドルレンジの「P40 lite 5G」「P40 lite E」も投入。いずれのモデルも、Androidでありながら一般的なAndroidとは異なる、HMS対応モデルだ。
端末の拡充とともに、日本でも、アプリ開発者の開拓に本腰を入れ始めた。グローバルで実施している、10億ドルを投じた「シャイニングスタープログラム」を日本でも展開するのに加え、国内の開発者をサポートする部門も設立。P40 Pro 5Gの発表会では、ナビゲーションアプリの「NAVITIME」や、映像サービスの「U-NEXT」などが紹介され、それぞれの幹部が期待のコメントを寄せた。日本での普及率が高く、デファクトスタンダードのアプリになっている「LINE」も、すでにHMS版がApp Galleryに用意されている。
“第3の道”を歩み始めたファーウェイだが、過去にもiOSやAndroidに対抗する動きはあった。韓国Samsung ElectronicsやNTTドコモが中心となって開発が進められた「Tizen」や、米Mozilla Foundationが展開した「Firefox OS」、米Microsoftの「Windows 10 Mobile」などがそれに当たる。Tizenを除く2つのプラットフォームを採用した端末は日本でも発売されたが、鳴かず飛ばずのうちに、サービス提供を終了してしまった。
原因はさまざまだが、立ち上げ当初に十分な数のアプリがなく、ユーザー数が伸び悩み、そのような状況を見てアプリ開発者が参画しづらい悪循環が起きていたことは共通している。端末の売れ行きやユーザーの数と、アプリの充実度は鶏が先か卵が先かの関係だが、当時、すでに十分なシェアを持っていたiOSやAndroidに、規模の経済で対抗するのはハードルが高い。これまでの対抗勢力は、残念ながらその壁を乗り越えられなかったというわけだ。
補完方法はあるが、生活に密着したアプリがまだまだ足りないApp Gallery
死屍累々だった過去の“第3のプラットフォーム”に対し、HMSを搭載したファーウェイのスマートフォンは、実際にどこまで使えるのか。筆者自身もP40 lite 5Gを購入し、App Galleryを使ってみた。結論から言うと、まだまだメイン端末として使うには厳しいというのが率直な印象だ。
例えば、LINEはあるため、友人や家族などと連絡を取ることはできる。Googleのサービスには非対応だが、「Googleマップ」はWebで代替できるし、「Gmail」もメーラーで読み込めば送受信することもできる。「Facebook」はアプリもあり、GMS搭載Androidと同じように利用でき、「Twitter」もWeb経由で閲覧や投稿が可能だ。また、一部のアプリは、Amazonが用意する「Amazonアプリストア」からダウンロードでき、App Galleryの補完になる。
ただし、これで十分ということはできない。代表的なのが決済サービスで、現状、App Galleryからダウンロードできるアプリで利用できるのは、コード決済の「LINE Pay」のみ。「PayPay」「d払い」「au Pay」「楽天ペイ」など、主要なコード決済アプリはいずれも非対応になる。HMS搭載端末は、いずれもFeliCaに対応していないため、iDやQUICPay、モバイルSuicaなども利用できない。
同様に、銀行やクレジットカードなどの金融機関が提供するアプリもほぼ全滅。航空会社や各種百貨店、タクシー配車……と、日常生活に密着したアプリが大きく欠けている傾向が分かる。映像系サービスも少なく、先に挙げたU-NEXTは対応している一方で、「Netflix」もなければ、日本発の「TVer」もない。あまりにアプリが少ないため、機種変更時のセットアップがすぐに終わってしまうほどだ。
これ1台で、今までのスマートフォンと同じような使い方をするのは、まだまだ難しいというのが現時点での結論になる。P40 lite 5Gは、4万を下回る価格で1/1.7型のセンサーを搭載するなど、コストパフォーマンスは抜群に高いため、サブ端末として使う分には満足度が高いものの、スマートフォンの2台持ちをするユーザーは限定的だ。カメラの性能は確かに高い一方で、プラットフォームを変えるほどの動機になるかというと、そこには疑問符をつけざるを得ない。
市場規模、中国市場、時代の変化――過去との決定的な違いも
一方で、これはあくまで現時点での話。今はまだサービス開始から約3カ月で、これからアプリが増えていく可能性は十分ある。また、過去の第3のOSとは、決定的な違いもある。1つ目が、端末の数の多さだ。ご存じの通り、ファーウェイは世界第2位のスマートフォンメーカーで、19年の出荷台数は2億4000万台にのぼる。この数字にはGMS搭載Android端末が多く含まれている点には留意が必要だが、App Galleryはそうした端末にも搭載されているため、開発者にとっては効果的にアプリを届ける場になる。
2つ目の違いが、巨大な中国市場で足場を固めているということだ。国策でGoogleが締め出されている中国では、もともとAndroid端末にGMSが搭載されていないが、年間のスマートフォン販売台数は3億6000万台(IDC調べ)を超える。この巨大市場でトップシェアを取っているのが、他でもないファーウェイだ。HMSが理由で販売が減速する恐れはなく、仮に他国でHMSの普及が伸び悩んだとしても、プラットフォームとして成立するだけの十分な規模になる。
同時に、中国市場に進出したいアプリ開発者にとって、App Galleryが中国市場への足掛かりになる。中国対応のためにApp Galleryでアプリを配信しつつ、その他の市場にも“ついでに”対応するようになれば、プラットフォームとしての魅力が増すはずだ。実際、ペイントアプリの「アイビスペイント」を開発するアイビスの担当者は、P40 Pro 5Gの発表会で、「中国ユーザーの獲得に期待している」と語っている。
3点目の違いが、時代の変化だ。iOSのApp Storeや、AndroidのGoogle Playは、グローバルで配信でき、強力な販路だが、基本的な手数料が30%と高額だ。この手数料を避けるため、アプリ提供者はアプリ内課金を利用しなかったり、アプリストア経由での支払いだけ利用料を高く設定していたりするケースも徐々に増えている。6月にはECの欧州委員会は、独占禁止法違反でAppleやGoogleの調査を開始するなど、開発者の不満を反映した動きも顕在化している。仮にファーウェイが手数料体系などで大胆な手を打てば、開発者を呼び込める可能性もありそうだ。
すでにユーザーが多く、中国ではそれが減る気配もない。そこを狙った開発者がアプリを投入すれば、日本を含めた他の国のApp Galleryも魅力になる。過去に日の目を見なかった第3のプラットフォームが陥った悪循環とは異なり、好循環が生まれる可能性も十分考えられる。制裁発動からの1年間で、業績が低迷するどころか、むしろ販売台数を増やしたファーウェイの底力を見ていると、App GalleryやHMSをiOSやAndroidへの対抗馬に育てられるのではないかとも思えてくる。
米国は「ハードウェアに対する制限」で追撃
とはいえ、制裁を科す側の米国も、この状況を傍観しているわけではない。ファーウェイがApp GalleryやHMSで第3の道を進み始めた矢先に、次の一手として、チップセットの調達に歯止めをかける手を打ち、台湾の半導体ファウンドリであるTSMCとファーウェイとの取引に制限がかかった。
これによって、ファーウェイ傘下の中国HiSiliconが設計する「Kirin」の製造が困難になる。米国企業のQualcommからもチップセットが調達できないファーウェイにとって、Kirinは命綱だった。ファーウェイが“第3の道”を進むなら、その道ごと破壊してしまうのが米国流というわけだ。根元を断つ戦術を取った米国に対し、ファーウェイがどのように対抗するのかも注目しておきたい。
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